留学の先にある未来【留学編】
今回はドイツでピアニスト・ピアノ講師として活動なさっている梅村知世さんをゲストにお迎えしてお話を伺いました。
梅村さんはドイツのベルリン芸術大学を卒業後、デュッセルドルフを拠点に活動されています。約12年にわたるドイツでの生活やお仕事の話、そして音楽留学についての貴重なエピソードを【留学編】と【仕事編】に分けてたっぷりご紹介いたします。
今回のゲスト・梅村知世さん

岡山県出身。東京藝術大学を首席で卒業。同大学院修士課程修了。文化庁新進芸術家海外研修生として渡独、ローム・ミュージックファンデーション奨学生としてベルリン芸術大学修士課程、及び国家演奏家資格課程を最優秀の成績で修了。日本やドイツを中心に演奏活動、後進の指導を行っている。
日本音楽コンクール入選。ピティナ・ピアノコンペティションにて特級グランプリ及び聴衆賞を受賞。シュナーベル国際コンクール第2位、ロベルト・シューマン国際コンクールにて最高位を受賞。岡山芸術文化賞グランプリ、福武文化奨励賞を受賞。オクタヴィア・レコードよりCD「シューマンVol.1・Vol.2」をリリース。現在、ケルン音楽大学にて講師を務める。
【留学編】
以下 インタビュー
久保田(聞き手)
梅村さん (話し手)
―こんにちは!今回はお話を伺える機会をいただきありがとうございます。梅村さんとは2017年にスペインで行われたピアニスト、ディーナ・ヨッフェ先生のマスタークラスで同室になったことがきっかけで仲良くなりましたね。
はい、あのマスタークラスは毎日が本当に充実していて、楽しかったですよね。懐かしいです!!
―今回は梅村さんの学生時代やドイツでの生活、音楽留学する上でのアドバイスを伺えたらと思っています。よろしくお願いします。
こちらこそ、よろしくお願いします!
―まず、ピアノを始められたきっかけを教えてください。
私が4歳の時引っ越しをして、母が「お友達づくりのきっかけになれば」と近くのヤマハ音楽教室に連れて行ってくれたのがきっかけです。そこでは最初グループレッスンから始めました。
明確に音楽の道に進みたい!と思ったのは、中学2年生の時に大阪に住んでいる先生のところまでピアノのレッスンに行ったのがきっかけでした。その門下生たちが輝いていて、「私ももっとピアノを頑張りたい!」と思いました。
―そうだったのですね。その後、東京藝術大学に進学されますよね。
はい。ですがその前に東京藝術大学の附属高校を受験しています。準備不足のために玉砕でしたが・・・。ですがその時更に東京藝術大学に進学したい、と強く思うようになりました。
―そうだったのですね!梅村さんが玉砕、というイメージが全く湧きませんが。ダメだった時に次へ進む一歩や、モチベーションはどのようにして保たれましたか?
そこからは岡山県の城東高校で3年間受験に向けて頑張りました。受験に失敗した時は落ち込みましたが、すぐに次の目標を立てました。
また実際問題、私の家族も高校生からの一人暮らしを懸念していましたし、私自身も心配でした。なので、これは「高校生活3年間は親元でしっかり学びなさい」という事で、運命だったのかな、とも思っています。
―結果をポジティブに捉えられていて素敵です。そしてその甲斐あって、東京藝術大学に晴れて入学。
当時、東京での生活は岡山と違って、何でもスピーディだと感じたのをよく覚えています。また周りの学生の皆さんは、音楽を突き詰めて学んでいて、とても刺激になりました。
―岡山から東京に出て来たことと、生活スタイルでの変化でストレスなどはありましたか?
私、割と周りから影響を受けやすいんです。この時も、「みんなこんなに頑張っているのか。もうこんな曲を学んでいるのか!私も頑張らないと!」とそこに向かって頑張っていたので、ストレスというより、後ろからみんなを追っかけていく!というスタイルでした(笑)。そのおかげで学べたことも多く、成長できたので良かったなと思っています。
―そんなふうに、周りの皆さんから良い刺激を受けて、それを自分のものにして更に成長するパワーに変える。さすがです!
藝大に進んでからは伊藤恵先生にご指導いただきました。先生のもとで学べたことは私にとってかけがえのない時間でした。
―素晴らしい先生に出会えることってありがたいですね。この頃からドイツで学びたいという意志が芽生え始めたのでしょうか?
そうですね。大阪で習っていた先生と藝大での先生、両者ともドイツで学ばれた方々だったので、自然と「ドイツで音楽を学びたい」と思うようになっていました。あと、小さい頃から大好きな作曲家はベートーヴェンでしたし、ドイツ音楽が好きなので、ドイツまたはドイツ語圏へ留学したいと思っていましたね。大学に入ってからもシューマンなどドイツ人作曲家を多く学び、演奏もしました。
―当時、演奏会やコンクールなどでもドイツ音楽などを中心に演奏されましたか?
そうですね。コンクールは主に日本音楽コンクールとピティナです。とても勉強になりました。
―ちょうど梅村さんがピティナの特級で1位になられた時に、演奏を聴いて素敵だなぁと思っていました。コンクールを受けたことで、ドイツ音楽留学に何か役立ったことなどはありますか?
ありますね。プログラムを組んで目標に向かっていくプロセスが身につきました。また現在、生徒さんを指導する際には「この生徒さんに本番があるからいつまでに仕上げないと」といった配分を考える力としても非常に役立っています。また、久保田さんもそうだと思うのですが、私達自身もこの間までコンペティター(コンクール参加者)ということもあって、彼らの心境も手に取るようにわかりますしね。
―なるほど。そうですよね。演奏前の心持ちなど、目に見えない部分もとても大切だと感じます。
本当に。本番までにどんなメンタリティーで持っていくかなど、非常に重要だと思います。
―ドイツ留学に向けて、梅村さんはどのような準備をされていましたか?
まずは先生探しですね。当時は時間をかけて色々調べたりしていました。ですが結局決まる時はポンと決まりました。公開レッスンのために来日されていたクラウス・ヘルヴィッヒ先生のレッスンを聴講させていただいた時に「この先生のもとで学びたい!」と強く思い、その場で連絡先を伺いました。
―そのような出会いだったのですね。実は私も自分のドイツの恩師とは梅村さんと同じような出会い方をしました。ですが、このように出会えない場合、チャンスに恵まれなかった場合など、先生探しの選択肢として他にどんな方法があると思いますか?
そうですねぇ。例えば気になっている先生がピアニストで演奏活動されている場合、先生のYouTube動画を見てみる。または気になっている先生のお弟子さんたちの雰囲気を見てみる、とか。十人十色とは思いますが、なんとなくはそのクラスのカラーがわかるかと。あと、私はこれが一番大切かな、と思うのですが「その街が自分に合うかどうか」だと思います。ベルリンはベルリンフィル、シュターツカペレ・ベルリンなど、コンサートが充実していたことが、私にとっては本当に良かったです。
―素晴らしいオーケストラや超一流演奏家のコンサートが聴きに行きやすい価格なことも、留学の醍醐味ですよね!ベルリンへの留学が決まり、東京からドイツへ移る時、心境の変化などはありましたか?
岡山から東京に来るときは「寂しい」という気持ちが強かったのですが、東京からドイツに行く際は語学の不安の方が大きかったです。
―語学の準備は事前に日本でされていましたか?
ゲーテ・インスティトゥートに通っていました。ですが、ベルリン芸大の入試を終えた直後から忙しくなってしまったこともあり、入学するまでの半年間は通っておらず、ドイツ語はほとんど勉強していない状態で渡独したため、その点は今でもすごく後悔しています。
大学や各所手続きなどの面では先輩方が丁寧に教えてくれたりしたのでそんなに苦労した覚えはないのですが、住まい探しが大変だったことや住居問題もありました。最上階でもないアパートの部屋が雨漏りしたり、ネズミが出たり、引っ越し時もなかなか部屋が見つからなかったり・・・。
前半のインタビューはここまでになります。続きは次号に。後半は、梅村さんの留学生活からお仕事に至るまのお話を伺っていきます。どうぞお楽しみに!
(取材・文:久保田早紀)
久保田早紀 プロフィール

国立音楽大学附属中学校・高等学校を経て、同大学音楽学部演奏学科卒業、及び鍵盤楽器ソリストコース修了後、渡独。ケルン音楽大学大学院修士課程ソリスト科に入学し、ヤコブ・ロイシュナー教授の元で研鑽を積む。同大学院を最優秀の成績で修了後、デトモルト音楽大学にてさらなる研鑽を積み、2017年ドイツ国家演奏家資格を取得。
第28回ソレイユ音楽コンクールピアノ部門にて第1位、及び音楽現代新人賞を受賞。東京文化会館にて受賞記念コンサートに出演し、ウィーン国立音楽大学夏期国際音楽アカデミー/ウィーン・プラハ・ブダペスト(ISA)に奨学生として招待される。2013年イスキア国際ピアノコンクール(イタリア)にて第1位を受賞の他、国内外のコンクール等で多数受賞。日本学生支援機構(JASSO)より大学在学中の業績を認められ、平成22年度優秀学生顕彰文化・芸術分野奨励賞を受賞。
近年では、ポーランドにてToruń Symphony Orchestraとシューマンのピアノ協奏曲を共演し、好評を博す。また日本のみならず、国内外にてソロ及び室内楽のコンサートにも多数出演。2023年より国立音楽大学ピアノ科非常勤講師。